亡くなった方(被相続人)が遺した財産(相続財産)については、相続人全員でどのように分けるかを話し合う必要があります(遺産分割協議)。話し合いで合意した内容を書面にしたものが「遺産分割協議書」です。
被相続人が遺言書ですべての財産の分け方を指定している場合を除き、相続手続きにおいて各所で遺産分割協議書の提出を求められますので、早めに準備を進める必要があります。
本記事では、遺産分割協議書の作成について説明します。
遺産分割協議書を作成する目的
遺産分割協議書を作成する目的は3つあります。
①相続人間のトラブルを防止する
相続財産の分け方について相続人全員で話し合って合意をしたとしても、後になって一部の相続人が内容に不服を申し立ててくることがあります。合意をした内容を遺産分割協議書の書面にして相続人全員が署名捺印をして残しておくことで、将来の争いの発生を回避することができます
②不動産・預貯金・自動車などの名義変更に利用
被相続人名義の財産は名義変更などの相続手続きをする必要があります。各機関ごとに相続手続きの必要書類を定めていますが、遺産分割協議書の提出を求めらることも多くあります。
不動産の名義変更では、法定相続人を示す相続関係説明図とともに遺産分割協議書の提出が必要です。
自動車の名義変更は、自動車の種類と査定額によっては遺産分割協議の提出が求められます。
預貯金の相続手続きでは、金融機関所定の書類に相続人全員の署名捺印をするか、遺産分割協議書を提出して名義変更や解約払戻しの手続きを進めます。複数の預金口座がある場合など、各金融機関ごとに所定の書類に相続人全員が署名捺印をするのは手間がかかりますので、遺産分割協議書を複数枚用意しておくことで面倒なくスムーズに手続きを進めることができます。
【自動車の相続】
名義変更の際、査定額が100万円超の普通自動車の場合、遺産分割協議書が必要になります。査定額100万円以下の普通自動車や軽自動車の場合は、遺産分割協議書が不要になり、相続人単独での手続きができます。
また、売却や廃車とする場合も被相続人名義のままではできませんので、一旦、相続人名義に変更する必要があります。
③相続税申告 減税特例の利用
相続税の申告の際に、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の評価減、農地の納税猶予といった軽減特例を適用したい場合は、遺産分割協議書が必要となります。遺産分割協議書を申告期限の10ヶ月以内に準備できなかった場合、各減税特例を受けることができなくなるなり、相続税額が増える可能性があります。
ただし、事前に申請をした上で、申告期限後から3年以内に遺産分割協議が合意に達し、分割方法が決まれば、税額軽減や特例の適用を受けることができます。先に支払った相続税が多過ぎた場合は、払い戻しを受けることができます。
遺産分割協議を行う相続人とは
法定相続人全員で協議
相続人調査によって確定した法定相続人全員で話し合いを行います。
遺産分割協議を始めるにあたって、次のような相続人がいた場合は注意が必要です。
相続人が未成年者の場合
相続人の中に18歳未満の未成年者がいる場合は、親などの親権者が代理人となって遺産分割協議に参加します。
ただし親も同じ相続人という立場であれば(例えば、父親が亡くなり、母親とその子供が相続人となる場合)、未成年者には「特別代理人」を立てなければならず、その特別代理人が遺産分割協議に参加することになります。
上のケースの特別代理人が必要となる理由は、相続において親も同時に相続人の場合、親自身の利益を優先して、子供の取得分を減らずなど子供が不利益を被る可能性を防ぐためです。こう言ったお互いの利害が対立する状況を利益相反といいます。特別代理人は、家庭裁判所によって選任された人になります。
この特別代理人を立てずに作成した遺産分割協議書は無効になる場合があるため、注意が必要です。
逆に言えば、親は相続人ではなく、子供だけが相続人となる場合は利益相反とはならないため、特別代理人の選任は不要になり、親が未成年者の法定代理人という立場で遺産分割協議に参加できます。(例えば、離婚した元夫が亡くなり、子が相続人となる場合など)
ただし、未成年の子供が複数人いた場合は特別代理人が必要になります。何故なら、一人の親が子供全員の代理人となった場合、子供同士の利益相反となる可能性がある為、親が代理人となれるのは1人の子供のみで、残りの子供については、それぞれに特別代理人を立てる必要があります。
【特別代理人はどんな人がなれる?】
特別代理人は家庭裁判所の選任が必要となりますが、相続の利害関係者、この場合親などによって「候補者」の申立てができます。
特別代理人になるには、特別な資格は必要なく、一般的には相続人ではない親族を候補者として立てる場合が多いです。また頼める親族がいない場合、友人などを候補者に立てることもあります。
ただし、特別代理人は役割や職務を全うできる人が条件であり、申立てをした「候補者」を家庭裁判所が適任ではないと判断した場合は、裁判所が指定した弁護士が特別代理人となることもあります。
相続人に認知症などの判断能力が十分でない人がいる場合
相続人が認知症や精神等に障害を負ったなどで判断能力が十分でない場合は、家庭裁判所に成年後見人を選任してもらいます。成年後見人は本人の財産管理や身上監護を行いますが、相続においては、本人に代わって遺産分割協議に参加します。
ただし、成年後見人も相続人の場合は、未成年者の場合と同様、利益相反の観点から特別代理人を選任する必要があります。尚、既に後見監督人が選任されている場合は、後見監督人が遺産分割協議に参加できます。
【後見監督人とは】
成年後見人を監督する立場の人。成年後見人は家庭裁判所によって選任された家族の者や、士業などの専門家であったりしますが、その後見人が保護や監護を必要としている人(非後見人)の財産を使い込んだり、仕事を放棄したりしていないかを監督する人が後見監督人です。後見監督人も家庭裁判所に選任された人になります。
相続人に行方不明者がいる場合
遺産分割協議は相続人全員で行わなければなりませんが、どうしても連絡先がわからない、誰も行方を知らないといった相続人がいる場合は、手順を踏んで手続きをすることで、行方不明の相続人を除いての遺産分割協議を行うことができます。
まずは住所を調べてみる
住所や電話番号がわからなくとも本籍地がわかれば、現在の住所を知ることができるかもしれません。その方法は、本人の本籍地の役所で「戸籍の附票」の記載内容を確認するということです。
戸籍の附票とは戸籍の原本と一緒に保管されている書類で、その本籍地にいる間の住所変更の履歴が記録されています。最終住所地が確認できたら、その住所に手紙を送るや訪問するなどして、遺産分割協議への参加を依頼します。
不在者財産管理人を選任してもらう
いろいろ調査したがやはり所在地がわからないという場合は、行方不明者に代わって遺産分割協議に参加してもらう「不在者財産管理人」を立てる必要があります。不在者財産管理人は家庭裁判所に「候補者」の申立てを行い、家庭裁判所より遺産分割協議に参加してもよいと許可をもらった人のみになります。
【不在者財産管理人とは】
不在者に代わって財産の管理や処分を行う人のことです。「不在者」とは、従来の住所又は居所を去った者で、容易に戻る見込みのない人を指します。海外などの遠方に行っていてあまり連絡がない場合でも、居場所が判明している場合は該当しません。
不在者財産管理人は、不在者が現れるか死亡(失踪宣告も含む)するまで財産の管理を行うことになります。
不在者財産管理人は、親族や知人、相続の専門家を「候補者」として推薦することができます。全く候補者がいない場合は、家庭裁判所が適した弁護士や司法書士を推薦してくれます。
失踪宣告を行う
相続人の生死が7年間以上明らかでない場合は、失踪宣告の申立てを行うという選択肢もあります。
こちらも家庭裁判所に申立てを行いますが、申立てが認められると、当該行方不明者は死亡したとみなされ、遺産分割協議はその行方不明者以外の相続人全員で開くこととなります。
しかし、申立てから認められるまで1年程度かかると見込まれるため、状況に応じて、不在者財産管理人を利用するか、失踪宣告の申立てを行うか検討する必要があります。
相続人が1人の場合
相続人調査によって「相続人は1人だけ」となった場合は、協議をする人がいない為、遺産分割協議書の作成は不要になります。
財産の分け方(分割方法)を話し合う
遺産分割の方法としては、分割割合の目安を法律で定めた「法定相続割合」がありますが、これはあくまでも目安であり、全く違った割合でも相続人間で合意に至れば、どのように分割しても問題ありません。
介護などお世話をした人にも分けたい(特別の寄与)
遺産相続の権利は基本的に相続人になります。例え、被相続人の世話や介護をしたり、事業を手伝ったりと被相続人の財産維持や増加に貢献したとしても、その人が相続人でなければ、遺産を受け取ることはできません。よくある例が被相続人の介護や生活のお世話をした被相続人の息子の嫁などです。
しかし、2019年7月から被相続人の介護などに尽くした親族にも、その労を報いる制度が出来ました。それが「特別寄与料」です。貢献した親族が相続人らに対して「特別寄与料」として金銭を請求できる制度です。
特別寄与料を請求された相続人らは、各自が受け取る遺産から請求額を分け合って、請求者へ支払うことになります。
その際に注意が必要なのは、相続税が発生する場合です。その特別寄与料を受けとった人も税負担をする必要があり、納税額は2割加算となります。
【「寄与分」と「特別の寄与」の違い】
寄与分も特別の寄与も、どちらも被相続人の財産維持や増加などに貢献した人が他の相続人に対して多めに遺産分割を求めることができる制度ですが、寄与分は法定相続人が主張できるものに対して、特別寄与料は「6親等内の血族、3親等内の姻族」の親族が主張可能になります。これにより、被相続人の配偶者の甥・姪や、ひ孫の配偶者までも含まれ、かなり広い範囲の親族が特別寄与料を主張することができるようになります。
話し合いがまとまらなかった場合
遺産分割協議は、相続人全員が合意しなければなりません。普段は仲の良い相続人同士でも、遺産分割協議をキッカケにトラブルに発展してしまうことがあります。よく言われる「争族」です。
どうしても話し合いがまとまらず揉めてしまった場合は、家庭裁判所による遺産分割調停の申し立てを検討してください。遺産分割調停では、家庭裁判所の「調停委員」が仲介をして、相続人全員が納得できるような合意を模索します。
遺産分割協議書の作成
遺産分割協議書には決まった様式はありませんが、誰が何を相続するかハッキリわかるように記載しなければなりません。
①不動産の場合:登記事項証明書の記載どおりの所在地や種類(宅地・家屋など)を明記し、物件を特定します。
②預貯金や株式の場合:金融機関、支店名、口座番号、保有株の銘柄から株数まで詳細を記載します。
③自動車の場合:車検証を参考に車名、車両番号(ナンバープレート)や車台番号などを記載します。
④その他:美術品や骨とう品、貴金属などもあれば記載しておいた方が、あとでトラブルになるのを防げます。
後になって記載したもの以外の遺産が見つかった場合も考慮して、その時は再度協議をするか、または誰が引き継ぐかを決めておき、その旨を明記しておくと安心です。
最後に、協議を行った日づけの記入と、相続人全員の署名・捺印(実印)をし、印鑑証明書を添付します。
遠方に住んでいる相続人の場合は、メールやリモートなどで話し合いを行い、作成した遺産分割協議書を郵送して署名捺印後に返信してもらう方法もあります。
相続人が海外に在住している場合(日本国籍者)
海外勤務や海外留学、国際結婚などで相続人が海外在住で、遺産分割協議のために日本帰国が難しいという人も珍しくないと思います。遺産分割協議自体は、電話やメール、リモート会議での参加でも問題ありません。
ただし、完成した遺産分割協議書には、他の相続人同様、本人が合意した証として遺産分割協議書に署名をし、次の書類を添付します。
・署名(サイン)証明書(印鑑証明書の代わり)
海外では、印鑑の代わりに署名(サイン)をするのが一般的で、印鑑登録証明書というものがありません。よって、印鑑登録証明書代わる書類として「署名(サイン)証明書」が必要になります。
署名(サイン)証明書は、海外居住者の現地にある日本大使館や領事館などの公館に申請し、取得します。
・在留証明書(住民票の代わり)
海外居住者は日本に住民登録がありませんので、国内で海外居住者の住民票を取得することはできません。代わりに、「在留証明書」という書類を取得します。在留証明書の申請の際には、「本籍地」も記載してもらうようにしましょう。相続財産に不動産がある場合は、相続登記の際に相続人全員の本籍地の確認が必要になるためです。
在留証明書についても、署名(サイン)証明書と同様、海外居住者の現地にある日本大使館や領事館などの公館より取得します。取得の際には、両証明書を同時に取得することをお勧めします。
【日本国籍を喪失している場合(外国籍取得者)】
一般的に在外公館においての証明書発行は、日本国籍者に限定しているようですが、相続手続きなど特殊な場面に限って「元日本人」ということを証明できる書類(日本国パスポートなど)があれば、必要な証明書を発行してくれるようです。手続きについては、在住している国によって変わってきますので、直接現地の在外公館へ確認してみてください。
遺産分割協議書は相続人の人数分作成しましょう
遺産分割協議書は相続人全員分作成し、各自が原本1通を保管するようにします。
例えば、相続人が4人の場合:
遺産分割協議書の原本4通、1通の遺産分割協議書に4人の印鑑証明書原本を添付。
(印鑑証明書の原本は各自4通ずつ準備する)
遺産分割協議書の作成に悩んだら
遺産分割協議書には決まった書式はなく、手書きでもパソコンでも問題ありません。相続人自身で作成することも可能です。
しかし、遺産分割協議書には正確な記載が求められ、記載に不足や誤りがあった場合には再度協議書の作成し直しが必要になったり、後で相続人間でトラブルとなってしまう可能性もあることから、専門家に作成を依頼することをお勧めします。
また、協議をするにあたって、相続遺産が不動産しかなくどのように遺産分割してよいかわからないといったお悩みや、相続人には、異父母兄弟や代襲相続などほとんど面識のない人や連絡を取りたくない人がいる、行方不明者がいるなどの困り事も、専門家に相談することでストレスなく遺産分割協議書を作成することができます。
いずみ相続相談室では、遺産分割協議書の作成にあたって、相談者の状況やご希望、ご心配事を丁寧にお聞きし、その後の手続きがスムーズに進み、将来もトラブルが生じないよう正確な書面を作成いたします。安心してご依頼ください。